後宮の通路をキリエはルイーズや女官らと共に駆け抜けた。
「ルイーズ……! マリーは……、マリーは……?」
「どうか冷静に、王妃。医師がついております」
「で、でも」
キリエは唐突に立ち止まるとルイーズの手を握り締める。青ざめた王妃は震える声で囁いた。
「ジュビリーの奥様……、マリーの兄上の奥様は、出産の時に、亡くなったのよ……」
ルイーズは一瞬胸を突かれたようだったが、力強くキリエの手を握り締めた。
「グローリア伯夫人は今、ご夫君のために命を賭けて出産に臨まれています。……出産は女の戦いです。私たちが、支えてあげましょう」
キリエはルイーズの手の温もりを感じているうちに落ち着きを取り戻していった。彼女は静かに頷いた。
マリーとジョンの居室とその隣室は、数人の女官や召使が慌しく行き交っていた。隣室に入ると、部屋の隅で青い顔でソファに座り込んでいるジョンの姿がある。
「ジョン!」
「キリエ様」
さっと立ち上がるジョンに、キリエは手を取ってそのまま座らせる。隣室からは途切れ途切れにマリーの呻き声が聞こえてくる。キリエはいてもたってもいられない様子でジョンに声をかける。
「マリーは……」
「医師の話では、特に問題はないと」
思ったよりもしっかりとした口調のジョンに、キリエはほっと安心する。
「……側にいたかったのですが、邪魔だと追い払われました」
「そう……」
ジョンは溜め込んだ息を吐き出した。
「……大丈夫です。マリーは、強い女性ですから」
今までにないジョンの力強い言葉にキリエは嬉しそうに微笑んだ。父親になればしっかりすると皆が言っていたが、その通りだ。
「マリーは強いけど……、あなたがいるから強いのよ」
キリエの言葉に、ジョンはわずかに口元をほころばせた。
「……きっと、姉が側にいてくれます」
ジョンの姉、エレオノール。そうだ。きっと、彼女は弟が愛した女性の側で見守ってくれるはずだ。
緊迫感に満ちた室内。重苦しい沈黙が長い間続く。そんな中、ジョンがぽつりと呟く。
「……マリーが……」
キリエが振り返る。
「臨月になってから、怖いとこぼすようになりまして」
思わず眉をひそめる。ジョンは小さく息をついた。
「彼女も、姉の出産に立ち会いましたから。……怖くなったのでしょう」
望まぬ妊娠と出産。生まれた子は産声も上げずに天に召された。挙句の果て、エレオノールまでもが命を散らした。最愛の兄の妻の壮絶な死に、マリーも心を傷つけられたに違いない。
「マリー……」
「ここ数日、毎晩のように夢をみると言っていました。生前の姉。そして、無言のまま、心配そうに見つめてくる兄の夢だそうです」
キリエは苦しげに顔を伏せた。自分とギョームのことでマリーにはずいぶんと支えてもらっていた。だが、自らの出産も控え、こんなに不安な思いを抱えていたとは。キリエは自分が情けなくなった。
「……ごめんなさい、ジョン」
「キリエ様?」
「……こんな大変な時に、私とギョームのことで……」
「何を仰るのですか」
ジョンは優しく微笑んだ。それは、ずいぶんと頼もしい「父親」の面立ちだった。
「どんな時でもあなたにお仕えするのが私とマリーの使命であり、誇りです。マリーを支えるのは、夫である私の役目です」
その言葉に、キリエはようやく安堵の表情を見せる。
「……そうね。マリーは幸せだわ。あなたの妻になれて」
「……もっと幸せにしなければ、と思っています」
生真面目そうに呟く彼に、キリエは黙って頷いた。
耐え難い長い時間が永遠に続くかのように思われたその時。騒がしかった隣室が一瞬静かになる。と、瞬間、産声が響く。
「!」
「マリー!」
ジョンはばっと立ち上がり、駆け出そうとして転んで床に倒れる。
「ジョン! 落ち着いて!」
キリエに手を取られ、ジョンはもつれる足で部屋を出ると隣室に駆け込む。
「マリー!」
二人が駆け込むと、部屋の寝台を囲んでいた一人の産婆が笑顔で赤ん坊を見せる。
「元気な男の子でございます!」
「……!」
ジョンは息を呑んで寝台に駆け寄った。産婆に抱かれた生まれたばかりの赤ん坊の頬に、恐る恐る手を触れる。触れた指先から温かいものが溢れんばかりに伝わり、ジョンは満面の笑みを浮かべて赤ん坊に頬ずりした。
「……ジョン……」
背中から妻の声が聞こえる。振り返ると、疲れ果てながらも優しい笑顔のマリーに顔を寄せた。
「でかした……。よくがんばった! ありがとう、マリー……!」
思わず涙ぐむ妻に優しく唇を重ねるジョンは、幸せそのものだった。二人の様子を嬉しそうに見つめると、キリエはそっと赤ん坊に目を移す。不思議だ。赤ん坊がそこにいるだけで、幸せが部屋中に広がっていくようだった。
「マリー、お疲れ様」
「キリエ様……」
マリーは赤ん坊に目を移す。
「……ギルフォード……」
「え?」
「この子の名前です。……ジョンの父親の名です」
「そう……」
キリエは赤ん坊の頬をそっと撫でると。額と額を合わせた。
「天なるヴァイス・クロイツのお恵みを……。新しき命に、惜しみない光と愛と糧を恵みたまえ……」
小さく祈りの言葉を囁くキリエを、ジョンとマリーが微笑んで見守る。
「……もうすぐジュビリーが来てくれるわ」
その言葉に、ジョンとマリーは一瞬複雑な表情を見せた。兄に、元気に生まれた子どもを見せたい。だが、彼は生まれた甥に会いに来るわけではない。ギョームの側室として、エレソナを連れてガリアにやってくる。それを思うと、手放しで喜べなかった。
「彼、喜ぶわ」
「……はい」
寂しげに呟くマリーの手を、ジョンは力強く握り締めた。
数日後、許諾の返答をはっきり聞かないまま、エレソナのガリアへの移送が決まった。出発の準備で、いつもは静かなベイズヒル宮殿が珍しく騒がしい。そんな中、準備に立ち会っていたジュビリーに召使がヒースの訪問を告げた。出発に先立ち、ジュビリーはヒースに事情を報告していた。彼に黙ってエレソナをガリアへ連れて行くのは、どうしても気が引けたのだ。
「クレド侯……」
青ざめた司教に、ジュビリーは申し訳なさそうな表情で歩み寄った。
「……わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
ヒースは辛そうに顔を伏せた。
「……そんなに、大陸に混乱が……」
「アングルと違い、ガリアはユヴェーレンやエスタドと国境を接しております。国民の恐怖は、相当なものでしょう」
いつもと変わらぬ冷静な宰相の声。だが、それでもヒースはごくわずかな変化を聞き逃さなかった。
「……ギョーム王のご理解が得られたとは思えません。もちろん、キリエも……」
「……説得は容易ではなかったそうです」
ジュビリーの低めた声に耳を澄ませる。
「お二人の心情を察するに余りあります……。ですが、だからこそ、そのご決断を尊重せねばなりません」
「そこまでして」
思わず声を高めたヒースだったが、唐突に言葉を途切らせ、震える唇をつぐむ。黙ったまま項垂れていた彼は、やがてせつなげに首を振った。
やがて二人はエレソナの部屋へと向かった。扉を開けたローザがじっと二人を見上げる。彼女も、主と共にガリアへ渡ることが決まっている。
「……エレソナ様。クレド侯と、ヒース司教です」
召使たちが多くの書物を木箱に詰め込んで運び出していくのを見守っていたエレソナが顔を上げる。
「……兄上」
「エレソナ」
エレソナは兄をじっと見つめた。ヒースはローザに手を取られながら歩み寄った。
「……お話は聞きました。……こんなことになるなんて……」
辛そうに顔を歪めるヒースに、エレソナは目を細めた。
「兄上。天は無常だ」
投げかけられた言葉にヒースは唇を奮わせた。
「天は無慈悲だ。私にも、兄上にも、……キリエにもな」
「エレソナ……」
「そんな天のために、いつまで祈るつもりだ」
ヒースは答えず、そっと手を伸ばした。エレソナがその手を取ると、兄は妹を抱きしめた。
「……私は非力です」
「……兄上?」
「レノックスを止めることも……、あなたを守ることもできなかった……。キリエを、引き止めることも……」
エレソナは目を閉じると兄の背中を抱いた。レノックスの逞しい背中と違い、力を入れると折れてしまいそうなほど細い体だ。閉じた瞼の裏に浮かぶ、まだ幼かった自分たちの姿。自分やレノックスにどんなに拒絶されても、必死に心を通わせようとしてきたヒース。あの頃の彼は、誰よりも透き通った美しい瞳を持っていた。だから、妬ましかったのだ。それでも彼はこうして自分の行く末を案じ、心を痛めている。運命は、その兄からも遠く離れた場所へと連れ去ろうとする。エレソナの口許に、冷笑とも憐憫ともとれる笑みが浮かぶ。
「……兄上」
ヒースの耳に囁かれた柔らかな声。
「元気でな」
「エレソナ……!」
エレソナはそっと体を離した。
ベイズヒル宮殿からヒースをアルビオン大聖堂に送り届け、プレセア宮殿に帰還する途中。無言で馬車に揺られていたジュビリーがふと目を上げる。
「……女王の様子は」
向かい合って座るモーティマーは小さく頷いた。
「憔悴なさっておいでです。陛下ご自身も、ギョーム王との離縁をお望みではなく、レディ・エレソナの件も当初は到底受け入れられないと仰せでございました」
なおも言葉を続けようとした秘書官は不意に口をつぐんだ。ギョームとのあの一件は黙っておいた方が良いだろう。
「ギョーム王陛下は」
「……この件で女王陛下と少しばかり衝突がございましたが、今は何とかしてこの難局を乗り越えようとなさっておいでです。心労でお体の調子が思わしくない陛下をいつも以上にお気遣いなさっておられます」
その返答にジュビリーは険しい表情で頷いた。二人は、側室を得てでも共にいることを選んのだ。絆も深まっていよう。そのことに心を激しく揺さぶられながら、ジュビリーは窓に流れる景色に目を移した。
プレセア宮殿に戻ると、アプローチにレスターが出迎えていた。
「ガリアから遣いが参りまして」
彼は低い声で呟いた。
「レディ・エレソナはバレクランにお連れするようにと」
「わかった」
どこか疲労を感じさせる溜息を吐きながらジュビリーが頷く。が、そこで思い出したように老臣を見やる。
「……そういえば、まだか」
何のことかわからない素振りのレスターに、宰相はモーティマーを一瞥する。それでようやく気がつくと、彼はわざとらしく咳払いをした。
「……ええ、ちょうど先ほど……」
その言葉にジュビリーが頷くと、モーティマーに向かって顎をしゃくる。レスターは恐縮したように一礼してからモーティマーを振り仰ぐ。
「……モーティマーよ。……アンが来ておる」
「えっ」
突然のことにモーティマーが面食らう。
「中庭で待っておる。行ってこい」
「し、しかし、まだ勤めが……」
「行け」
宰相にまで促され、秘書官はおろおろした表情で立ち尽くした。そんな彼にレスターが苛立たしげに手を振る。
「さっさと行かんか」
「は、し、失礼いたします……!」
モーティマーはぎこちない動きで一礼すると踵を返した。その後姿をぼんやりとした表情で見送る老臣に、ジュビリーが黙ったまま肩を小突く。
中庭に向かうモーティマー。やがて小走りになり、ついには全速力で駆け出す。アンに会える。そう思うと長い大廊下の距離が心底恨めしい。そうしてようやく中庭へ続くバルコニーに飛び込む。きょろきょろと辺りを見渡すと、噴水の前に据えられたベンチに旅装姿の少女が腰掛けている。あの柔らかな栗毛は、間違いない。
「レディ・アン!」
その呼びかけに少女が振り返る。そして、モーティマーの姿を認めるとぱっと笑顔が咲く。
「サー・ロバート!」
モーティマーは嬉しそうに顔をほころばせた。辺りを行き交う貴族たちに目をやりながらも、彼は婚約者の手を取り隣に腰掛ける。
「よかった。今回は会えないかと思いました」
「父がすぐに知らせてくれました」
嬉しそうに囁くアンに、モーティマーも自然と笑顔になる。
「そろそろ、ガリアへお帰りになるのでしょう?」
「ええ」
「お忙しいのに、ごめんなさい」
「そんなことはありませんよ」
アンは久しぶりに会う婚約者を頼もしげに見上げた。だが、わずかに眉をひそめると身を乗り出す。
「あなたがイングレスにお帰りになるとお聞きして、女王陛下もご一緒かと思ったのですが、ガリアの宰相閣下のお供だったのですね」
ガリアの宰相と聞いた途端、モーティマーの表情が曇る。思わず黙り込んで目を伏せる彼に、アンがそっと両手を握る。
「……難しい問題が起きたのですね」
モーティマーは小さく頷いた。婚約者の苦悩の表情を初めて目にしたアンは、せつなげな眼差しで見つめた。ぎこちない沈黙が続く中、恐る恐るアンが口を開く。
「……大丈夫です」
アンの小さな囁きにモーティマーが顔を上げる。
「あなたや父が心を砕いて奔走する姿を、天はきっとご覧になっていらっしゃいますわ」
その言葉はモーティマーの胸の奥深くまで染み渡ってゆき、温かさが広がってゆくのを感じた。天の加護よりも、アンに見守ってもらっていると思うと心強かった。そうだ。今こそ主を支える時ではないか。
「……ありがとうございます、レディ・アン」
モーティマーの顔から再び微笑が生まれる。アンはほっと胸を撫で下ろした。やがて、モーティマーはどきどきする胸を鎮めながら、懐に手をやった。
「……実は、お会いできなかったら、父君にお預けしようかと思っていたのですが……」
彼はぎこちない手つきで懐から小さな革の小箱を取り出した。アンが目を丸くする。
「何です?」
「開けてみて下さい」
アンが小箱を開くと、小さな青い光が弾ける。思わず目を瞠る。そこには、青い宝石が煌く銀の指輪が納められていた。彼女は息を呑んだ。
「……安物ですが、一応、サファイアです」
モーティマーは緊張しながら囁いた。
「……青い宝石を身につけると、幸せになれるそうです」
「ありがとう……!」
アンは嬉しそうに囁くと指輪を手にとり、左手の薬指に嵌めようとして、顔をしかめる。
「……入りません」
「えっ?」
慌てたモーティマーが身を乗り出すが、アンはいたずらっぽい目で笑いかけた。
「嘘です」
指輪はぴったりと薬指に嵌められた。アンの弾けるような笑顔に、モーティマーは胸が一杯になると彼女を抱きしめた。
「ロバート様……!」
驚いたアンが名を囁く。上衣越しに伝わる体温。逞しい腕。広い背中。アンの顔が見る見るうちに紅潮してゆく。一方のモーティマーは、抱きしめてようやく彼女から香る爽やかな花の芳香に気づき、顔を赤らめる。しばらく婚約者を抱きしめていたモーティマーは、やがてそっと体を離した。
「……もう少し、待っていて下さい」
「……はい」
アンは小さく囁いた。そして、何かを思い出したような表情になると両手を左耳にやる。モーティマーが首を傾げて見守る中、アンは耳飾りを外した。小さな真珠をあしらった金の耳飾り。彼女は少しはにかんだ表情で耳飾りを婚約者の左耳に纏わせた。
「……よろしいのですか?」
「……いつでもあなたのお傍に」
恥ずかしそうにそう囁くアンに、モーティマーはにっこりと微笑んだ。
「……ありがとうございます」
アンは誇らしげに婚約者を見上げた。やがてモーティマーは彼女の手をとりながら立ち上がった。
「今夜は子爵と共に晩餐をいただきましょう」
「ええ、楽しみです」
ゆっくりと中庭を歩みながら、モーティマーはふと周りを見渡す。そして、さりげなく呼びかけた。
「レディ・アン」
「はい?」
身を乗り出したアンに、モーティマーは素早く腰を屈めると彼女の唇を奪った。
それから、数日後。ホワイトピークからルファーンへ向かう船。エレソナは初めて海を見、船に乗った。本の中でしか知ることがなかった広い世界。狭い塔から解放されたと思っていたが、実際はそうではない。目に見えない鳥篭に、自分は永久に閉じ込められるのだ。あの時、妹に斧を振るった瞬間から自分の人生は決まっていたのだ。だが、その妹も決して自由な人生を歩んでいるとは言えない。だが、それを認めたくはなかった。エレソナは、きらきらと光り輝く波飛沫をじっと見つめていた。
エレソナはガリアに渡ることが決まったものの、王妃キリエの名誉のため、王都オイールには入らず、キリエの所領バレクランに滞在することになっていた。バレクラン城にキリエが出迎える手筈になっており、最終的にはエレソナの承諾を受けた時点でキリエは王都へ帰り、入れ違いにギョームがバレクランへ向かう。ジュビリーは、無表情で海を眺めるエレソナを見つめた。多くの人が傷つき、多くの人が犠牲になった。……自分のせいだ。自分の私的な復讐のために。キリエもギョームもエレソナも、運命を狂わされ、望まぬことを強いられようとしている。沈んだ表情の人々を乗せた船は、やがてルファーンに到着した。
港には控えめながら迎えの人々がいた。その中に、ジョンの姿を見つけたジュビリーは少し表情を和らげた。妹の夫は、しばらく見ないうちにずいぶんと精悍な表情になっている。
「義兄上、ご無事の到着、何よりです」
「……キリエは」
「すでにバレクラン城に」
「そうか」
頷き、踵を返そうとする義兄に、
「義兄上」
ひそめた声にジュビリーが目を向ける。ジョンは控えめに微笑むと囁いた。
「先日……、マリーが男子を出産しました」
ジュビリーは両目を見開いた。そして、思わず身を乗り出す。
「マリーエレンは……!」
「大丈夫です。母子共に健康です」
その言葉にジュビリーは肩の力が抜け、大きく息をつく。
「ギルフォードと名付けました」
「……父君の名か」
「はい」
ジュビリーは口元をゆるめると、ジョンの肩を力強く叩いた。
バレクランはルファーンから程近い地だったが、船酔いがひどかったエレソナのために一晩ルファーンに逗留した。翌朝、キリエが待つバレクラン城に向かって一行は出発した。
初めて目にする異国の情景にも、エレソナは興味がなさそうに眺めている。黙りこくったまま車内で揺られていた彼女だったが、やがて不意に口を開く。
「バートランド」
ジュビリーは目だけ上げた。
「私が、ギョームの子を生めばその子は奴の後継者になる。その後、キリエが子を生んだらどうなる」
黒衣の宰相は表情を変えないまま口を開いた。
「……キリエが子を生んだ時点で、あなたの子は王位継承権を失う。だが、不幸にもキリエの子が成年に達しなかった場合……、再び王位継承権が与えられる」
エレソナは自嘲気味に低く笑った。
「ずいぶんと身勝手な条件だな」
「自分の立場を考えろ」
「ふん」
エレソナはやぶ睨みの瞳を細めると、再び窓の景色を眺めた。