打ち鳴らされる鐘楼の鐘が荘厳な旋律を奏でる中、一人の男が自室で静かに祈りを捧げていた。
自室と呼ぶにはあまりにも豪華な祭壇が設けられ、まるで礼拝堂そのもののようだ。男は長いこと祈りを捧げると、ようやく体を起こした。頭にわずかに白いものが混じるが、穏やかな顔つきの中にも力のこもった目を持つ男は純白の僧衣をまとい、紫の帽子を被っている。ヴァイス・クロイツ教最高指導者、大主教カール・ムンディである。
ムンディの眼前に掲げられているのは、ヴァイス・クロイツ教の象徴である、円の中に描かれた正十字形。金銀で縁取られ、花や天使たちがそのシンボルを美しく取り囲んでいる。
ヴァイス・クロイツ教では、遍く広がる天空の恵みが神そのものであり、
ユヴェーレン王国の一地方都市に過ぎなかったクロイツだが、各地に点在していた聖堂の総本山として聖クロイツ大聖堂が作られたのが今からおよそ百年前。ユヴェーレン内の自治都市として発展してきたが、約五十年前にユヴェーレンから分離独立を宣言。当時のユヴェーレン国王ヴォルフは独立を認めず、十年にも渡る大戦を引き起こしたが、クロイツは事実上独立。だが、ユヴェーレン王国は未だに独立を認めてはいないため、今でも両者の国境ではしばしば小競り合いが続いている。
ムンディはガラス窓から外の広場を見下ろした。ヴァイス・クロイツ教の総本山として大陸中から多くの学者や聖職者、商人が集まるクロイツは交易都市の顔も持っており、ごく小さな都市国家ながら豊かな地であった。ユヴェーレンがクロイツの独立を認めない背景にはそんな理由もあったのだ。クロイツは今や、プレシアス大陸における最も重要な〈国家〉なのだ。
ムンディは活気に溢れる広場の様子を見守りながら、遠く離れた島国を思った。アングル王国のエドガー王が崩御し、恐れていた王位継承戦争が勃発した。アングルは世界的に見ても保守的なヴァイス・クロイツ教徒が多い地である。そしてそれ以上に、ある理由からムンディは彼の地に熱い視線を送っていた。
すると扉が静かに叩かれ、「お入り」とムンディが答える。
「猊下」
耳に心地よい、低い男性の声が響く。
「アングル王国より、ルール公の使者が参りました」
「ルール公……?」
ムンディが不審げな面持ちで振り返ると、長身でしっかりした体躯の青年が佇んでいる。何があっても動じそうにない落ち着き払った表情。ムンディが創設した神聖ヴァイス・クロイツ騎士団の団長、ヨハン・ヘルツォークである。ユヴェーレン出身のヘルツォークは元々傭兵としてクロイツを訪れたが、その篤い信仰心と忠誠心を買われ、騎士団の創設にあたり、団長に指名された。ムンディの秘蔵っ子とも言える腹心だ。
「二名の騎士が猊下に拝謁を求めております。恐らく……、ルール公の戴冠要請でしょう」
「来たか」
不機嫌そうにムンディがぼやく。
「すぐにも使者を送ってくるだろうと思っていたが、遅かったな」
「プレセア宮殿でレディ・キリエ・アッサーの軍と衝突してから二ヶ月は過ぎましたからな。国内が混乱している故、すぐに使者を送れなかったのでしょう」
「まさかあの男、私がすんなりと戴冠を認めるなどと思ってはなかろうな」
ヘルツォークは苦笑すると肩をすくめた。
「……あの冷血公ですから」
「困った若造だ」
そう吐き捨てると、ムンディはヘルツォークと共に部屋を出た。
応接間では、正装のモーティマーとヒューイットがムンディを待っていた。二人はお互いに視線を逸らし、むっつりと押し黙っている。
レノックスはムンディに戴冠を要請するにあたり、交渉事が得意とは言えないヒューイットを単独で送り出すことに不安を感じ、直接の交渉はモーティマーに命じた。だが、キリエの擁立を今もひそかに願っているのではないかという懸念もあり、ヒューイットを監視役として同行させたのである。要するに、お互い相手の役どころに不満があったわけである。
応接間にムンディがヘルツォークや数人の司教たちを引き連れて現れると、モーティマーたちは深々と最敬礼した。
「アングル王国ルール公レノックス・ハートの命により参上いたしました、ロバート・モーティマーと申します。大主教猊下におきましては拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
「オリヴァー・ヒューイットと申します」
ムンディは胡散臭げな目つきで二人を見下ろすと、とりあえず両手を合わせ、挨拶を返す。
「アングルは今、大変な状況ではないかな」
「は、仰せのとおりでございます」
「七月にプレセア宮殿で武力衝突があったな。犠牲者に祈りを捧げねば」
「はっ」
白々しい。ヒューイットは仮面のような表情の下で苦々しく呟く。
「それで、この度は……?」
「はっ。我が主君、ルール公はアングルの王位継承権を有しております」
そこでモーティマーは一度言葉を切った。ちらりと見上げると、椅子にどっしりと腰を据えたムンディは鋭い視線を投げかけている。どう見ても歓迎している様子は見受けられない。モーティマーは自らの立場に胸の中でひそかに嘆息する。
「すでに王位の宣言を済ませ、あとは戴冠を待つばかりでございます。ぜひ、ムンディ大主教にルール公に戴冠していただきたく、クロイツまで参った所存です」
しばらくムンディは黙ったまま、何も答えなかった。ヒューイットが苛立たしげな顔つきでムンディを見上げる。大主教はようやく重々しく口を開いた。
「ルール公は……、今までのご自身の行いをよもやお忘れではあるまいな?」
モーティマーが目を眇め、大主教を凝視する。充分に予想できた展開だ。
「乱れた生活を送り、異母兄弟たちと争い、女性関係も決して潔白ではない。……ま、その乱れた行いを改めさせず、放置していた先王にも大きな責任があるが」
「それにつきましてはルール公も猛省し、襟を正す所存であると……」
「何度改悛の勧告をした? 少なくとも三度、破門すべきか検討しておるのだぞ」
「……仰せのとおりでございます」
モーティマーは項垂れ、何故あんな男のためにここまでする必要があるのか、自分の運命を呪った。
「しかし……、アングルには君主が必要でございます。王位に相応しい者はルール公を措いて他になく……」
「本当にそう言えるのかッ?」
突然ムンディが声を荒らげ、モーティマーは驚いて顔を上げる。椅子から身を乗り出し、両目を見開き、真正面からモーティマーを見据えるムンディ。隣には、ヘルツォークが冷静な表情のまま、ひっそりと控えている。ヒューイットは顔をしかめ、上目遣いでムンディを睨み付けた。
「そなたの主君が戦った相手、グローリア女伯は王位を宣言する以前は地方教会の修道女だったそうだな? 我が宗門の末席に位置するとは言え、神に生涯を捧げ、民に奉仕する幼い少女に牙を剥くとは、どういう事だッ!」
「それは」
「それも腹違いとは言え、自身と血を分けた妹であるぞ」
答えに詰まるモーティマーに、ムンディは畳み掛けるように言い放った。
「ルール公が異母兄に手をかけようとしたことを、私が知らぬとでも思ったか」
一方的に責められ続け、元々レノックスの王位継承に不満のあるモーティマーには弁解のしようがなかった。が、そこで跪いていたヒューイットが不意に立ち上がった。
「国を治めるのは聖職者ではありませんからな!」
ヘルツォークがさっと前へ出るが、ムンディはさして驚いた様子も見せずに右手を上げて制する。
「今、大陸の覇権を握ろうとしているエスタド王国は周辺諸国に圧力をかけ続け、大陸は動乱の世を迎えている。今はまだ戦争が起こっていないだけで、遠からず国と国が激突する。その迫り来る危機に備えて我が国には強力な王が必要なのだ。それが我が君、ルール公である!」
「ヒューイット!」
モーティマーが立ち上がって下がらせようとするが本人はそれを押しのける。
「サー・オリヴァー」
低い声でムンディが呼びかける。
「そなたが言うこと、半分はそのとおりだ。大陸の覇権を狙うエスタドと、それを良しとしない我々クロイツと周辺諸国。世界は一触即発と言っていい状態だ。だからこそ、暴君の誕生は阻止せねばならん」
「暴君。我が君を暴君と仰せか」
「暴君でなければ、何故人は冷血公と呼んでいるのだ?」
「情に厚いだけが名君の条件ではないでしょう」
「話にならんな」
鼻を鳴らしながらムンディは椅子を蹴って立ち上がった。
「ルール公の戴冠は拒否する。帰ってそう伝えるが良い」
「では、世間知らずの小娘をアングルの君主に据えよと?」
「控えろ! オリヴァー・ヒューイット!」
さすがに普段温厚なヘルツォークが声を荒らげる。応接間を出ようとしたムンディが振り返る。
「アングルの王位継承権者は他にもいる。即断即決はできん問題だ」
それだけ言い捨てると、ムンディは応接間を後にした。
「猊下!」
慌てて後を追おうとするモーティマーを、ヒューイットが腕を掴む。
「あんな坊主、放っておけ」
「貴様……、何ということをしたのだ? これでアングルはクロイツを敵に回したのだぞ! それがどういうことか、貴様にはわかっているのか!」
だが、ヒューイットは不敵に笑いながらモーティマーを引っ張って応接間を出る。
「おまえこそわからんのか。いつまでクロイツの顔色を窺うつもりだ。今や時流はエスタドにある。ちっぽけな島国に過ぎないアングルは大国に逆らわんことだ。公爵もゆくゆくはエスタドと同盟を結ぶおつもりだ」
エスタドと同盟。モーティマーは唖然としてその場に立ち尽くす。
ここ数十年、エスタドの台頭には目を見張るものがある。危機感を覚えたエドガー王は妹のマーガレット王女をガリア王リシャールに嫁がせ、対エスタド策を取った。それに対し、良質な農作物や毛織物、貴重な鉱物資源といった、小さな島国といえど魅力的なアングルを手なずけたいエスタド王ガルシアは、自分の娘フアナ王女をエドガーの嫡男、エドワード王太子と婚約させようとした。エスタドの強大化に歯止めをかけることができず、エドガーは仕方なく交渉に応じるが、それはエドワードの夭逝という形で白紙となった。
その後、今度はリシャール王がエスタドに庇護を求め、自分の嫡男ギョーム王太子とフアナ王女の婚約を求めた。手っ取り早くガリアを支配下におけるこの申し出にガルシア王は密かに喜んだ。だが、そうした父王の不甲斐なさに激昂したギョームは婚約を拒否。ついには父に対して反旗を翻したのだった。娘を溺愛していたガルシアは激怒したが、リシャールの懇願で、今はガリアの内戦を静観している。が、怒りが静まったわけではないガルシアは、今もガリアの動きに注目している。
こうした動きの中、レノックスがエスタドと同盟を望むのは至極当然のように思えるが、モーティマーには大きな不安があった。プレシアス大陸に広がるヴァイス・クロイツ教の影響力だ。いかにエスタドが強国とはいえ、クロイツの影響から免れるとは考えられない。それはアングルも同じこと。大主教の不興を買い、アングルの君主が破門されるようなことになれば、国民は恐慌状態に陥るだろう。
(この国は……、一体どうなるのだ)
モーティマーは渦巻く不安に胸を押し潰されそうになりながらも、ヒューイットの後を追った。
(何とかしなければ……。何とか、ルール公を退ける手立てを考えなければ。だが、どうすれば……)
その時、モーティマーの脳裏に幼い修道女と、彼女に寄り添っていた黒衣の伯爵の姿が蘇る。プレセア宮殿での衝突以後、二ヶ月近く沈黙を保っている。彼らは、これからどう出るのだろうか。モーティマーは、密かに彼らに一縷の望みをかけた。
(アングルが戦火に覆われる前に……)
聖クロイツ大聖堂の大廊下を、モーティマーたちは押し黙って足早に立ち去った。
とある城の見張りの塔に、一人の兵士が見張りの任務に就いていた。彼は夏の陽差しを恨めしそうに見上げ、溜め息をつく。やがて槍を持ち替えて手摺りにもたれかかった時だった。遠くから地響きのような音が聞こえてくる。慌てて体を起こして目を凝らすと、目の前に広がる田園地帯を、一群の軍勢がこちらへ向かってくるのが見える。
「た、大変だ……!」
兵士は腰に差したラッパを引っ張り出すと思いっきり吹き鳴らす。
「敵襲ーッ! 敵襲ーッ! 所属不明の軍勢がこちらに向かっているぞーッ!」
王都イングレスから離れた辺境の城、シャイナー城は突然の敵襲に大混乱に陥った。城主のアレン・シャイナー男爵は急いで武装すると城の守りを固めさせた。
「一体どこの軍勢だッ?」
城主の問いに、混乱した現場からはすぐに回答は得られなかった。見張り塔から報告が届けられたのはしばらく経ってからだ。
「騎馬が装備している紋章は、〈星に
星に鑿。一風変わった紋章を告げられ、シャイナーの顔色がさっと変わる。
「……マーブル伯……!」
マーブル伯爵ジェラルド・シェルトン。実は、彼の人ならば襲撃される心当たりがないとは言えなかった。
「いよいよ、動き出すというのか、マーブル伯……。そして、アリス・タイバーン……」
やがて、軍勢はあっという間にシャイナー城を取り囲むと、一斉に
「殿……! やはり、マーブル伯の狙いは……!」
家臣の一人が切羽詰った様子で問いかける。シャイナーは青ざめたまま、力なく頷く。
「あの娘だ……。あの娘を奪い返しに来たに違いない……!」
「い、いかがいたしましょう……!」
家臣の言葉に、シャイナーは黙り込んだ。様々なことが頭に浮かぶが、やがて力なく項垂れる。
「……もはやエドガー王はいない。あの娘を守る義理はない。……降伏しよう」
降伏と聞いて家臣は顔を歪ませるが、敢えて反論しようとはしない。やがて悔しそうにその場を走り去る。
「伯爵、城門が」
一人の騎士が甲冑姿の騎乗の男に告げる。男は黙って城門が内側から開くのを見守る。一斉に城の中へ兵士らが雪崩れ込むが、相手方は防御の構えを崩さず、攻撃を仕掛けてこようとはしない。やがて、館のひとつから白旗と城の鍵を捧げ持った男が現れる。マーブル伯の軍勢は一斉に大歓声を上げた。
「シャイナーをここへ連れてこさせろ」
騎馬の男、マーブル伯爵ジェラルド・シェルトンは感情が読み取れない声で命令を下した。罵声と怒号が飛び交う中、館から城主シャイナーが家臣を伴って現れる。諦めの表情と言うよりは、覚悟を決めたような顔つきに、シェルトンは満足そうに笑みを浮かべた。
「その様子では、わかっているようだな」
馬から下りもせず、シェルトンはシャイナーに向かって言い放った。シャイナーは悔しそうに唇を噛み締めて頷く。
「幽閉の塔へ案内してもらおう」
「……こちらです」
シェルトンは兜を脱ぐと従者に放り投げた。灰色の髪に灰色の瞳。深い皺が刻まれたその顔は無表情に近い。
一行は城の中庭を抜け、奥に聳え立つ塔へ向かった。黒々とした円塔は見る者に畏怖を感じさせる。人の侵入を拒むような空気を醸し出す塔に、一行が粛々と入ってゆく。塔は装飾が一切施されておらず、殺風景なものだった。石の階段をゆっくり上がり、やがて最上階へ達した。奥まった場所に、違和感を覚えるほど頑丈な扉がある。マーブル伯の配下が扉に近づく。
と、その時。扉が中から蹴破られたかと思うと細身の槍が飛び出してきた。兵士らが思わず剣を抜く。
「ローザ!」
シャイナーが悲鳴のような声を上げる。
「下がれ! もう良いのだ! 我々は降伏した! 槍を下ろせ!」
「……父上?」
部屋の中から、わずかに震えた少女の声が返ってくる。一行が固唾を呑んで見守る中、部屋から槍を構えた少女が進み出る。剣を構えた兵士たちは警戒を解くことなく、少女に切っ先を向ける。が、少女の方も臆せずに兵士らを睨み返す。
「……下がれ」
シェルトンは手を上げると、兵士らを下がらせる。柔らかな栗毛はやや乱れ、仮面のように無表情の少女は、わずかに怒りのこもった目つきで目の前に立ちはだかるシェルトンを見上げた。
「槍を下ろしなさい、ミス・シャイナー」
シェルトンが幾分穏やかな声色で諭す。
「勘違いしてはいけない。我々はそなたの主を迎えに来たのだ」
「……迎えに?」
「そうだ。そなたの父上が英断を下したおかげで、犠牲者が少なくて済んだ」
ローザ・シャイナーはなおもシェルトンを凝視するが、そんな彼女の背後から「誰だ?」と尖った声が投げかけられた。シェルトンの目が細められる。ローザはシェルトンに視線を向けたまま、すっと入り口から離れる。シェルトンは強張った表情を崩さず、慎重にゆっくりと部屋の中へと入った。
そこには、殺風景な部屋が広がっていた。質素な造りの家具が数個。窓に面した机には数十冊の本。床には夥しい数の紙が撒き散らされている。部屋に彩を添える調度品といったものは一切ない。そして、部屋の奥には天蓋のついていない簡素な寝台が置かれ、そこに一人の少女が座り込んでいた。
雪のように白い肌に、輝くプラチナブロンド。少しやぶ睨みの目には明らかに敵意がこもっている。手足は折れそうなほどに細い。シェルトンはその様子を見て、わずかに眉をひそめた。そして、ゆっくりと寝台に近づくと恭しく跪いた。
「お久しぶりでございます。お忘れですか? マーブル伯爵ジェラルド・シェルトンでございます」
シェルトンの言葉に少女は顔をしかめ、相手をじっと凝視する。が、やがて薄い唇がにっと笑みを作る。
「シェルトン……。シェルトン……、おまえか」
「はい」
満足げに頷くシェルトン。
「母君の命により、あなたをお迎えに上がりました。レディ・エレソナ・タイバーン」
母と聞いてエレソナの顔つきが変わる。
「……母上は……、生きておいでか」
「ご健在でございます。ですが……、父君のエドガー王は二ヶ月前に身罷られました」
エレソナの両目が見開かれ、眉が釣り上がる。しばらく閉ざされていた唇がやがて静かに震え始め、押し殺した笑い声が漏れ出る。
「くくっ……、くっくっくっ……。そうか、死んだか。父上が……、死んだか」
「はい」
「ふふふ……、ふふっ……」
肩を震わせ、静かに笑う声が部屋に不気味に響く。
「ははは、あははははッ!」
やがて大声で笑い出すとエレソナは勢いよく立ち上がるが、枯れ枝のように細い足は体重を支えきれず、その場にばたりと倒れこむ。
「エレソナ様!」
シェルトンが駆け寄り、細い腕に手をかけるがエレソナは思いもしない力で振り払う。そして顔をもたげ、天井を仰ぐ。
「はははははッ! あははははッ! 自由だ! 私は自由だッ! あはははははッ! ははははッ!」
エレソナの笑い声は塔の壁に反響し、まるで大勢の悪魔が笑い転げているかのように鳴り響いた。