夜明け前の空に咆哮が轟く。次いで軍馬の嘶き。二つの軍勢が唸りを上げて激突する。リシャール軍とブリー公爵軍の二度目の対決だった。
元来陸戦に強いガリアの軍勢は、終始ブリー公の軍を圧倒していた。だが、アングルの誇りを賭け、「王位継承権者」の加勢を信じたブリー軍は死に物狂いの抵抗を見せている。
「さすがに勢いは衰えてきたようです」
側近の言葉にリシャールが頷く。彼は仰々しく飾り立てられた軍馬に跨っていた。元々、重量のある槍による一騎打ちが主流のガリアでは、槍の攻撃から守るため、軍馬も専用の鎧を着せている。美しい装飾が施されたリシャールの軍馬は人目を引いた。
「ブリー公領を落とせば、アングル侵略の足がかりとなりましょう」
「すぐにも陥落するかと思ったが、ここまで粘られるとはな……」
リシャールが不機嫌そうに呟いた時。後方からどよめきと馬の嘶きが沸き起こったかと思うと、王を守る陣形が崩れた。
「どうしたッ」
リシャールが鋭く叫ぶと、白みかけた方角から軍勢が押し寄せる轟音が潮騒のように響いてくる。
「陛下!」
傷ついた斥候が一人、慌てふためいて駆け寄る。
「後方からアングルの軍勢が!」
「旗印はッ」
側近の叫びに、斥候はゴクリと唾を飲み込んでから叫び返す。
「〈盾に心臓〉ですッ!」
「……!」
リシャールの両目がかっと見開かれる。
「……冷血公……!」
冷血公が現れる。その報せは湖面の波紋のように瞬く間に広まった。誰もが恐怖で顔を引きつらせ、身動きが取れないうちに、レノックスとシェルトンが率いる騎兵隊はリシャールの軍をあっという間に包囲した。リシャール軍の兵士たちは、鎧を身につけていないアングルの軍馬の俊敏な動きに戦慄した。近衛兵たちは王を守りながら包囲を突破すべく槍を突き上げた。
「陛下をお守りしろ!」
騎士の怒号は兵士たちの悲鳴でかき消された。
「冷血公だ……! 冷血公だ!」
大混乱に陥る中、再び人並みを掻き分けて斥候が王の下へ辿り着く。
「陛下! ルール軍だけでなく、グローリア、クレド、マーブルの軍勢も続いております!」
「……!」
リシャールは思わず天を仰いだ。絶対に手を組むとは考えられなかった庶子たちがついに結託した。と、その時、一際大きな叫び声が上がり、振り返ると遠くにいながら一際目立つ騎士が目に入る。レノックスだ。
「ちッ……!」
リシャールは舌打ちすると手綱を引いた。
ブリー公は、突然陣形が崩れたリシャール軍に顔をしかめたが、警戒心を強めた彼は敢えて攻勢に転じることはしなかった。
「殿!」
家令が怒鳴り声を上げ、振り返る。
「グローリアのレスター卿から使者が参りました!」
「フランシス・レスター?」
軍馬をかき分け、使者が通される。
「レスター男爵配下の者でございます。現在、ルール公、グローリア女伯、クレド伯、マーブル伯の軍がリシャール王を背後から攻撃中でございます!」
使者の口上に、周りの者たちからどよめきが上がる。ブリー公は一人険しい表情を崩さない。
「つきましては、リシャール王を捕らえるべく、連携した攻撃をしていただきたく存じます」
「……王位継承権者が同盟を結んだと申すか」
「はっ。イングレスを取り戻すためには、最善の策である、と」
「なるほど」
「それと」
使者は言葉を継いだ。
「ガリアのギョーム王太子がホワイトピークへ向かっております」
側近が思わず公爵を振り返る。
「……王太子が」
「父君を連れ帰るとのことです」
「遅いわ」
ブリー公はそう毒づくが、大きく息を吐き出す。
「わかった。伝令に伝えろ!」
「はッ!」
ホワイトピーク公ウィリアム・デーバーに代わり、ホワイトピーク城を守っているのは、リシャールの廷臣リシュタン伯だった。彼の目下の任務は、エスタドやクロイツといった勢力がアングルへ攻め込まないよう監視すること。軍勢といった大掛かりなものだけでなく、アングルへ侵入しようとする密使にも目を光らせていた。
リシャールはクロイツから正式に破門されたが、クロイツと対立しているエスタド王ガルシアにはかつての「不義理」が災いして支援を受けられない。イングレスを征服することには成功したものの、立場的にはかなり危険な状態で孤立しているのだ。
そんな中、ブリー公領を攻撃中のリシャール王を、「王位継承権者」たちが襲撃しているとの情報が入り、城内は騒然としていた。
「伯爵!」
衛兵の一人が慌てた様子で城主の間へ駆け込む。
「ホワイトピーク海峡を、船団が航行中との報せが!」
船団と聞いてリシュタン伯は顔色を変えた。
「船団……? 何隻だ」
「五十隻は下らないと。そして、〈白百合〉の紋章旗を掲げているのですが……」
「陛下が援軍を呼び寄せたとは聞いておらぬぞ……!」
リシュタン伯は慌てて広間を出ると見張り塔へ向かった。見張り塔から海原を見つめると、確かに風をはらんだ白い帆がいくつも見える。これが味方ならば良いが、そうでなければ……。
「……伯爵!」
見張りの一人が声を上げる。
「後方の船が……、クロイツの旗を……!」
「何ッ!」
リシュタン伯が目を剥いて見張り塔の手摺りに身を乗り出す。を覗き込んだ兵士が叫ぶ。
「間違いありません……!〈真円に正十字〉&h
リシャールを破門したクロイツが「ガリア軍」と行動を共にするはずがない。考えられるのは、リシャールを君主としないガリアの勢力だということだ。
「ギョーム王太子と……、神聖ヴァイス・クロイツ騎士団か……!」
衛兵たちが浮き足立って騒ぎ立てる中、リシュタン伯は口を歪めて呟いた。
「ブリー公と戦う陛下の背後から庶子どもが襲いかかり、ギョーム王太子がホワイトピークを襲撃……。陛下が留守にしているイングレスは……、まさか……!」
「殿!」
家令の切迫した呼びかけに、リシュタン伯は振り返ると命令を下した。
「戦闘配置だ! 王太子とヴァイス・クロイツ騎士団を、絶対に上陸させてはならん! 海上で食い止めねば……!」
ここ数日晴天が続いていた王都イングレスだったが、この日は朝から灰色の雲が広がっていた。朝食を済ませ、自室へ戻ろうとしていたベルは宮殿の内部がざわめいていることに気づいた。
「何事?」
女官に様子を見に行かせようとした時、
「王太后!」
その緊迫した表情を見て、ベルは顔を強張らせる。折しもリシャールは出陣中で、宮殿を守るのは自分一人だ。
「どうしたの」
「ブリー公に援軍が加勢しました!」
ベルの顔色がさっと変わり、かすれた声で呟く。
「……援軍ですって?」
「ルール公と、グローリア女伯、クレド伯、そして、マーブル伯が……」
「どういうこと……!」
「イングレスを奪還するために、争いを続けていた王位継承権者が同盟を組んだものと思われます。戦闘は終始リシャール王陛下が優勢だったそうでございますが、援軍の到着に勢いづいたアングル勢が攻勢に転じているそうです!」
「王太后!」
ざわめく大廊下から更に声が張り上げられた。別の廷臣が息を切らしながら言上する。
「ギョーム王太子と神聖ヴァイス・クロイツ騎士団の船団が、ホワイトピークを襲撃しているとのことです!」
「……!」
女官たちは短い悲鳴を上げると不安そうに身を寄せ合い、廷臣たちはおろおろした様子でベルを見つめる。思わぬ展開にベルは言葉を失って黙り込んだ。美しい顔は青ざめ、目は忙しなく空中を彷徨った。
何故、庶子たちは同盟を組んだのだ? ベルは、互いに王位を主張する異母兄妹たちが絶対に手を組むはずがないと信じ込んでいた。それに、何故時を同じくしてギョームがホワイトピークを攻めるのだ? まさか、ギョームも庶子たちの同盟に一枚噛んでいるというのか。
ベルは混乱して震える手で額を押さえ、ゴクリと唾を飲み込んで口を開こうとした時。多くの貴族や廷臣たちが右往左往している大廊下の先から、一際大きなどよめきとざわめきが聞こえてきた。
「今度は何?」
怯えた声を上げるベルに、近衛兵を連れた騎士が駆け寄ってくる。
「王位継承権者たちがリシャール王を攻撃している情報が市民に伝わり、宮殿を包囲しております! 中庭へはお出にならぬよう……!」
恐怖のあまり、両手で口を覆い隠すベルを、女官たちが両脇を抱きかかえるようにしてその場から連れ出す。
「じょ、城門を閉めなさい! 誰も……、誰も入れてはならぬ!」
ベルの叫び声はざわめきにかき消された。
リシャールの軍勢はまるで砂の器が崩れるかのように散り散りとなって退却を始めた。そのリシャールをレノックスは容赦なく追い立てた。相変わらず狂気に満ちたその戦いぶりに、恐怖の記憶が生々しいガリア軍の兵士たちは指揮官たちが止めるのも聞かず、我先に逃げ出す始末だった。そして、レノックスもまさに水を得た魚の如く嬉々として剣を振るい、獲物をひたすら追いかけた。歩兵に剣を振り下ろし、兜に浴びた返り血を拭ったレノックスの目が、豪奢な飾り付けがされた軍馬を捕らえる。にやりと笑みを漏らすと、レノックスは勢いよく兜を脱いだ。
「リシャール・ド・ガリア!」
獅子の咆哮のように彼の人の名を叫ぶ。
「私からイングレスを奪った返礼に来てやったぞ! 貴様の息子もおまえに会いにここへ向かっておるぞ!」
その言葉が届いたのか、リシャールは側近たちに守られながらその場を脱しようとするが、レノックスは猛然と彼を追った。
「このまま逃げるつもりか! 貴様にガリア王の誇りはないのか! 戦え! 私の剣を受けろ!」
「……!」
思わずリシャールが馬首を巡らし、剣を抜くが側近たちが慌てて押し留める。
「おやめ下さい!」
「相手は冷血公です!」
リシャールと騎士たちが揉み合っている間に、レノックスは巧みに馬を操ると行く手を阻む歩兵たちをすり抜け、長剣を振りかぶった。
「陛下!」
流星のように弧を描いて振り下ろされた長剣は、近衛兵の槍が辛うじて弾き返した。が、体勢を低くしたレノックスは下段からえぐるように近衛兵をなぎ倒した。リシャールは間髪を入れずに剣で斬りかかるが、レノックスは左手の盾で弾き返す。馬上でよろめくリシャールに向かってレノックスは次々と打ちかかり、ついに彼の眉間に剣を振り下ろした。鈍い音と共に兜が割れ、呻き声を上げてリシャールが馬から転げ落ちる。即座にレノックスが馬から飛び降りると止めを刺そうと剣を振りかぶる。が、脇からヒューイットが飛びつく。
「なりません! 公爵!」
「どけッ!」
「ギョーム王太子に引き渡さねば!」
その間、レノックスの精鋭部隊がガリアの近衛兵たちを制圧し、リシャールは捕縛された。
「こやつは侵略者だ! 侵略者を殺して何が悪い!」
「王太子との約束を破れば、ガリアとの関係が悪化します! 王太子と敵対するべきではありません!」
レノックスは荒々しく息を吐き出すと、額から血を流し、縄を打たれたリシャールの肩を蹴り飛ばした。異国の王は呻き声を上げて地に伏した。
「……まぁいい」
毒でも吐き出すように囁くと、レノックスは悪魔のように狡猾そうな笑みを浮かべて腰を屈め、リシャールの目を覗き込んだ。
「どちらにしろ、貴様はこれで終わりだ。あの若造が貴様をどう裁くか、楽しみだ」
冷血公の囁きに、リシャールは顔を歪めて唇を噛み締めた。
「義兄上!」
後陣で指揮を執るジュビリーに、ジョンが叫ぶ。
「ルール公がリシャール王を捕らえたそうです!」
ジュビリーが鋭い視線を向ける。
「本当に捕らえたのか。殺してはいないだろうな!」
「捕縛です! 傷を負っているそうですが、命に別状はないそうです!」
それを聞くや否や、ジュビリーは馬首を巡らすとジョンに叫んだ。
「イングレスへ向かうぞ! レノックスがイングレスに辿り着く前にプレセア宮殿を押さえねばならん。それと、ホワイトピークへ使者を送り、王太子に知らせろ。父親を連れて帰りたいなら、レノックスの気が変わらないうちに引き取りに行けと」
「はッ!」
「ジョン、おまえはクレドへ戻り、キリエをイングレスへ向かわせろ。行け!」
ジュビリーは手綱を引くと馬を駆り立てた。
厳戒な警備体制が敷かれたクレド城では、前線さながらの戦略会議が開かれていた。高座のキリエは思い詰めた表情でテーブルに広げられた地図を見つめている。
戦場から送られてくる報せでは、リシャール軍が次第に追い込まれている様子が伝えられているが、下手をすれば戦火はアングル全域に広がる。早い段階でリシャールを捕らえねばならない。だが、ガリアから逃げ込んできたとは言え、一国の君主が率いる軍勢だ。そう簡単には打ち負かせまい。沈黙を守るキリエに、レスターがそっと耳打ちする。
「ホワイトピーク沖から王太子が攻撃を開始したとのことです」
目だけ上げるとレスターを見つめる。
「……手負いのホワイトピーク城は長く持ち堪えられないでしょう」
キリエは憂鬱そうに目を伏せた。ギョームが「兄姉たちに先んじてイングレスを制圧してほしい」と申し出たことについて、ジュビリーとちょっとした言い合いになっていたのだ。
キリエは兄姉を出し抜く行為はできないと言い張り、ジュビリーはイングレスを奪還するべきだと主張した。
「よく考えろ。ぐずぐずしていたらエスタドのガルシアが動き出す。そうなる前にイングレスを奪還せねばならん。それに、逆にレノックスやエレソナが我々を出し抜いてイングレスを奪えば、再び奪還のための戦いをせねばならん。時間も軍費も、費やすことになる。イングレスをこれ以上戦火に晒すわけにはいかん」
ジュビリーの言い分はもっともだった。王位を手にするためには必要な駆け引きだということもわかっていた。それでも、キリエの胸にはわだかまりが残った。
やがてキリエは無言で大広間を見渡した。多くの家臣や騎士、従者たちが忙しく立ち働いている。彼らは去年の十一月に自分の誕生日を祝ってくれた。この、大広間で。イングレスが解放されればすぐさまプレセア宮殿を占拠する手筈になっているキリエは、どこかせつない思いで彼らを見守った。もう、ここへは戻ってこられないかもしれない。そう思うとキリエは不安で一杯になった。思い詰めた表情のまま口を開かないキリエを、レスターは無言で見守った。
ギョームが率いる船団は、軍艦に据えられた大砲でホワイトピーク城を攻撃した。半年前リシャールによって攻撃され、その修復作業がまだ終わっていないホワイトピーク城は、その攻撃に耐えられるだけの備えがなかった。あっという間に港への上陸を許し、ギョーム軍と神聖ヴァイス・クロイツ騎士団は城へと雪崩れ込んだ。
「時間が惜しい。速やかに制圧しろ」
ギョームは乾いた声で命令を下した。
「制圧次第、海上監視を再開する。この機に乗じてエスタドまで攻め込んでくるようなことがあってはならん」
強気な態度を崩さないギョームだったが、本心は留守にしているガリアが気がかりで仕方がなかった。エスタドの王都ヒスパニオラはガリアから遠く離れているが、ギョームがアングルに進軍した報せが届くまでに、事を成さねばならない。叔父とバーガンディ公国に国境の警備を任せてはいるものの、ガルシアがその気になればひとたまりもない。早々に父を捕らえ、帰国しなければならない。そして、早くキリエに会いたかった。イングレスを奪還すれば、あの少女にも笑顔が戻るだろう。不安で一杯の彼女は、わずかしか笑顔を見せてはくれなかった。何の憂いもなくなった暁には、晴れやかな春の陽射しのような笑顔を見せてくれるだろう。だが、そこでギョームは、キリエに会いたがっている自分に気づいてはっとした。
(……キリエ・アッサー……)
ギョームは自らの瞳に焼きついた異国の少女の姿を思い起こした。そして、別れ際に口付けた彼女の手の感触を思い出して思わず顔を赤らめる。クレド城で初めてキリエを目にした瞬間、心を奪われた。生まれて初めての経験だった。
本国の宮廷では、自分を見る周囲の目が気になって仕方がなかった。自分に近づこうとする者は皆、利益や権力が目当てだった。成長するにつれ、有力貴族や裕福な商人たちはこぞって自分たちの子女を差し向けた。妃になれずとも、愛妾になれば一族の繁栄が約束される。そうした輩が宮廷にはびこり、ギョームは幼い頃から猜疑心が強く、冷めた青年へと成長した。
そんなギョームの目に映ったキリエは、欲のない瞳を真っ直ぐに向けてきた。鮮やかな青い衣装の他、飾り気のない装いも新鮮だった。教会育ちの世間知らずな娘にここまで心を乱されるとは思いもよらなかったギョームは、複雑な気分になった。が、そこであることに気づいた。そうだ、母上に似ている……。
「殿下!」
不意に名を叫ばれ、弾かれるように顔を上げる。
「城を制圧しました。リシュタン伯は戦死したようです」
「確認しろ」
ギョームは馬から下りると、巨大なホワイトピーク城のなだらかな城壁を見上げた。
「殿下」
低い声で呼びかけられ、振り返ると神聖ヴァイス・クロイツ騎士団のヘルツォークがゆっくりと歩み寄ろうとしていた。
「ヘルツォーク、ご苦労だった。そなたの働きで予想以上に早く上陸できた」
「神の思し召しでございます」
そう答えると、ヘルツォークは誇らしげに鎧に刻まれた正十字に手を添えた。そして、声を潜めて続ける。
「リシャール王陛下の状況が気になりますね」
ギョームは重々しく頷いた。
「アングル勢の総攻撃を受けているのだ。長くは耐えられんはずだ」
彼が心配していることはふたつ。父の生死と、キリエの王都奪還だ。もしもこの地でリシャールが討ち死にでもしたら、国民はギョームを親殺しと見なすだろう。あくまで生きたままガリアに連れて帰り、国を捨てた背信の王だということを国民に見せつけ、その上で即位せねばならない。
そしてこの混乱の中、キリエが首尾よく王都を奪還できるかどうかも、自らの即位後に大きな影響を与える。対エスタド戦略として、キリエを君主に就けさせ、同盟に持ち込むつもりでいるギョームにとって、これは重要な問題だ。彼が黙り込んでいると、城門からバラがこちらへ小走りにやってくる。
「殿下、リシュタン伯の死亡を確認いたしました」
「わかった」
三人が城門へ向かおうとした時、背後からざわめきが起こる。
「殿下! クレド伯の使者が参りました!」
側近の言葉に緊張が走る。ギョームの脳裏に、キリエの側に寄り添っていた黒衣の伯爵の姿がよぎる。兵士らが開けた道を走り抜け、使者が王太子の前に跪く。
「王太子殿下に申し上げます! ルール公がリシャール王を捕らえましてございます!」
ルール公という名前に戸惑いのどよめきが上がり、ギョームは険しい顔つきになる。
「父は生きているのか」
「はッ。私がこの目で確認いたしております。しかし、クレド伯は王太子殿下に一刻も早くリシャール王をお迎えになるようにと、申しております!」
「そうしよう。バラ、軍を整えろ」
「それから、もうひとつ!」
使者が声を張り上げた。
「クレド伯とグローリア女伯がイングレスに向かっております。プレセア宮殿を制圧されるのも、時間の問題ではないかと!」
ギョームの両目が見開かれる。
「殿下ッ」
バラが思わず呼びかける。ギョームは数秒の間黙り込むと振り返った。
「ヘルツォーク! すぐにイングレスを包囲しろ。絶対に冷血公を入れてはならぬ! 私は父上を引き受けに向かう」
「はッ!」
「女伯が王都を制圧したことを悟られれば、レノックス・ハートは父上を殺すか、さもなくば人質に取るかもしれん。急げ!」