十一月に入ると、正式にアングルから大主教ムンディを迎える船団がホワイトピークから出航した。使者はジョン・トゥリー伯爵とフランシス・レスター子爵、サー・ロバート・モーティマー。キリエはホワイトピークで大主教を迎える予定になっていた。
船団の旗艦は、〈海賊船〉ゴールデン・ラム号。ずんぐりとした形のカラックだ。流麗な船体を誇る海軍のスクーナーに比べると鈍重な印象は否めない。先頭を進む軍艦は、目一杯華やかな装飾を施されている。つまり、囮だ。
艦隊の司令官はあくまで海軍の将軍だが、実質的な指揮官はゴールデン・ラム号の船長、フィリップ・ソーキンズだった。乗組員は水兵の制服を身につけてはいたが、中身は一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。だが、ソーキンズの指示通りに手際よく作業を進めている。
「そう不機嫌な面するなよ」
ホワイトピークを出港して五日目。慣れない船旅に、憂鬱そうに帆を見上げていたジョンに、フィリップ・ソーキンズが気安く声をかけてくる。
「ソーキンズ! 言っただろう、制服を着用しろと」
「いいじゃねぇか、まだ大主教はいねぇんだし」
ソーキンズのいい加減さに生真面目なジョンは眉をひそめたが、海賊相手に行儀よくしろというのも無理な話だと、溜息をついて肩をすくめる。
「しかし、よく軍艦を五隻も手配できたな」
ソーキンズが辺りに視線を投げかけた。五隻の重厚な軍艦がゴールデン・ラム号を取り囲むように帆走しているのを、目を細めて見守る。
「大主教をお迎えするのだ。警備体制は万全にせねばならん」
「まぁ、行きは大丈夫さ」
「どうしてそんなことが言える?」
ジョンが不審げな面持ちで振り返る。ソーキンズは相変わらずにやにや笑いながら船縁にもたれた。
「警戒するなら、大主教を乗せた帰りだ。俺ならその時に襲う。これから先も目の上のたんこぶになる大主教をやっちまうならな」
海賊の物騒な物言いにジョンは息を呑んだ。
「まさか……、白昼堂々、大主教を襲うだと? あり得ない……! そんなことをすれば、大陸中のヴァイス・クロイツ教徒を敵に回すことになる!」
「エスタド海軍が手を下した証拠を残さなければいい話だ。それに、エスタドの王様は神をも恐れぬお人だろ?」
ジョンは返す言葉がなかった。ガルシアにとっては、ヴァイス・クロイツ教の修道女がアングル女王に即位すること自体が癪に障るだろう。そして、キリエが親しくしているガリアのギョーム王と同盟を結ぶことは目に見えている。確かに、先のことを考えれば今、大主教を亡き者にするのが手っ取り早い。
「ま、あんたは大主教のお迎えだけに専念してくれや。海のことは俺に任せろ」
ソーキンズはタールが染み込んだ黒い手でジョンの肩を勢いよく叩いた。すると、揺れる甲板を器用に歩いてくるモーティマーが目に入った。
「元気そうで羨ましいな、モーティマー」
「皆様よりも多少船に慣れているだけですよ」
「レスターは?」
「まだ調子が思わしくないようです」
「まあ、あの歳だからな……」
レスターは予想以上の船酔いで、船室に篭ったままだった。風を受けて目を細めるモーティマーに、ソーキンズが思い出したように声をかける。
「そういえば、クレド伯は達者か?」
「侯爵だ。心配せずとも、ホワイトピークまでお迎えに上がる。その時に再会できよう」
だが、本人はあまり会いたくはなかろう。モーティマーは胸の中で呟いた。
十年前のあの日、自分はジュビリーと共に海賊を探すべく船旅に出た。その自分の留守中に、王がジュビリーの妻を襲ったと聞いてあまりのことに絶句した。そして、珍しく強い口調で主君を非難した。後にも先にも、王を激しく責めたのはあの時だけだった。その後、イングレスから逃げるように去っていったジュビリーのために事後処理をしてやり、言葉は少ないものの感謝された。ソーキンズに会えば、ジュビリーは当時のことを思い出すだろう。
「フィル!」
不意に、彼らの背後から怒鳴り声が浴びせかけられた。ソーキンズの部下だ。
「そろそろミラン港だぜ」
「ご苦労」
ソーキンズは船縁から体を起した。
プレシアス大陸の内海に位置する小国カンパニュラ。小国ながら豊かなこの地は、独特の芸術文化が花開き、大陸の中でも不思議な色彩を持った国だった。カンパニュラには今、アングルへ向かう途中の大主教ムンディが滞在しており、街全体が浮き足立った空気に満ちていた。
「大主教猊下。アングルの船団が到着したそうですよ」
ミラン離宮でアングル船団の到着を待っていたムンディの下に、栗毛の若者がやってくるとそう告げた。ムンディは穏やかに微笑みながら席を立った。その傍らには神聖ヴァイス・クロイツ騎士団団長、ヘルツォークが控えている。
「ありがとう、アルベルト」
「なかなか立派な船団です。アングルは今、国内が安定していないと聞いておりました故、こちらがいくらか艦船を用意しようかと検討しておりましたが、その心配は無用のようでした」
カンパニュラ王太子アルベルトは窓辺に歩み寄ると港の風景を眺めた。
彼は、現在カンパニュラの実質的な女王である母、フランチェスカを支える若き王太子だ。内政はフランチェスカが担い、先王エンリケを惨殺したユヴェーレンとの戦争は主にアルベルトが指揮している。エスタドと同盟を結んでいるユヴェーレンと戦いを続ける以上、カンパニュラはアングルとも友好的な関係を結びたい。フランチェスカ、アルベルト親子はそう考えていた。
「アングル女王キリエ……。私も一度お会いしてみたいものですが、弟が戴冠式に出席しますからね。代わりにしっかり見てきてもらおうと思います」
「フェルナンド王子?」
「ええ、猊下が出発された後で出港する予定です」
ムンディは目を細め、含みのある表情で王太子を見つめた。
「フェルナンドはまだ、独身であったな?」
「ええ。弟は噂の女王に会えると楽しみにしているようですが……」
アルベルトは肩をすくめてみせた。
「猊下も弟の評判はご存知でしょう。あんな女たらしに女王陛下が心を開くとは思えません。廷臣たちが守りを固めることでしょう。せいぜい、女王に悪い印象を持たれないよう、祈るばかりですよ」
そう語り終えるとアルベルトはヘルツォークに目を向ける。騎士団の団長はただ薄く笑いを返しただけだった。信仰に生きるヘルツォークにとって、欲に溺れた自堕落な王子など興味はない。アルベルトとしては、同盟を結ぶために自分が出席することを望んでいたが、彼は現在ポルトゥス王国のアマリア王女と婚約中だった。未婚の女王の戴冠式に出席することであらぬ誤解は受けたくない。ふしだらで有名な弟を送り込まなければならない理由は、そこにあった。
「他の国々も、未婚の王子が出席するそうだな」
「さてさて、どうなることやら」
アルベルトが苦笑を漏らすと室内に廷臣が現れ、アングルの使者が到着したことを告げられた。
「では、猊下。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
アルベルトは恭しく跪くと大主教の手を取った。
大主教カール・ムンディを迎え入れたゴールデン・ラム号は一気に緊張感が増した。何とか体調を回復させたレスターが、ジョンと共に甲板まで出迎える。
「この度のお運び、誠にありがたく存じます」
ムンディは両手を合わせると頷く。
「グローリア女伯の戴冠だ。喜んで参じよう。我が一門の修道女が女王になれば、アングルの地にも必ずや平和が訪れよう」
ジョンは、ムンディの背後に控えているヘルツォークに目をやると緊張で顔を強張らせた。キリエのための騎士団を作ろうとしているジョンにとって、ヘルツォークと接触できることは願ってもない機会だった。
「猊下、ひとつお心に留めていただきたいことが……」
「何かな」
ジョンはムンディに寄り添うと声を低めて囁く。
「……エスタドのガルシア王が我が君を快く思っていないとの情報があり、この度の航海は危険を伴う可能性がございます。このように粗末な船も、エスタドの目を欺くため。何とぞお許しを」
ムンディは頷いた。
「さもあろう。気にいたすな」
そんな大主教たちの一団をソーキンズがやや離れた後甲板で見守っている。
「ホッジ、見張りを怠るな」
「わかってるよ」
ソーキンズの古くからの仲間で操舵手のホッジが頷く。
「併走している海軍からの信号も見落とすな」
「アイ、
返事はするものの、ホッジは険しい表情のままの船長を一瞥すると低い声で呟く。
「不安か?」
「まぁな」
ソーキンズは表情を変えないまま返す。
「エスタドの連中が襲ってくるのは構やしねぇが、奴らが使い物になるかどうか……」
そう言って海軍の艦船を顎でしゃくる。ホッジも口をへの字に曲げて肩をすくめる。
「そこは……、期待しねぇ方が良いだろうな」
ソーキンズらが海上に目を光らせている間、ジョンはヘルツォークに声をかけた。
「ヘルツォーク」
「お久しぶりでございます。トゥリー伯爵」
「まだ、正式には伯爵ではないが」
「ですが、グローリア伯爵位を叙位されたと伺っております」
「女伯が戴冠されたらな」
ジョンはちらりと甲板に居並ぶ騎士たちを見やった。
「そなたのような屈強な騎士たちが侍っておれば、大主教も安心できよう」
「何があっても大主教をお守りできるよう、常にお側で仕えさせていただいております。猊下をお守りするのが我らの使命でございます」
「その騎士団だが……。どのようにしてこれほどの規模に育て上げられたのだ?」
ヘルツォークは、若き伯爵の熱意のこもった目を見つめると穏やかに微笑んだ。
「アングルにおかれましても、騎士団の必要性があると?」
「そうだ」
「最初は寄せ集めでございました。クロイツがユヴェーレンとの戦争に突入した折に、ヴァイス・クロイツ教を死守すべく、大陸中から腕に覚えのある者たちが集いました。かく言う私もその一人でございます」
「そなたはユヴェーレン人であろう」
「はい。ですが、私はクロイツのために戦うことが自らの使命だと悟り、傭兵としてクロイツを訪れました。長らく傭兵の寄せ集めに過ぎなかった集団を、今のムンディ大主教猊下が騎士団にまとめ上げ、そして、幸運にも私が団長を務めさせていただけることになりました。それからでございます。大主教のお側を片時も離れず、お守りすることに」
傭兵……。クロイツのようにプレシアス大陸の中心にあればそれも可能であろう。だが、アングルはそうはいかない。やはり国内の騎士を集めるしかない。考え込むジョンの横顔を見つめると、ヘルツォークが言葉を続けた。
「実力を伴った騎士団を設立したいのであれば、王都で馬上槍試合を行うのはいかがでしょう」
「
ジョンが身を乗り出す。
「できるだけ多くの騎士を集め、ふるいにかけるのです。ある程度の人員を確保した後に、徹底した身元調査を行うことをお忘れなく」
「なるほど」
戴冠式が終われば一段落はつく。ジョンは計画への第一歩に胸を膨らませた。が、その時、一人の水夫が怒鳴り声を上げた。
「船長! スワン号から信号だ!」
その瞬間、甲板上がにわかに騒がしくなる。部下から望遠鏡を取り上げたソーキンズが船縁に駆け寄る。望遠鏡を覗き込み、しばらく無言だったソーキンズが口許を歪める。
「……船影だと?」
その呟きが終わるか終わらないうちに、マスト上の見張りが叫ぶ。
「
途端に、皆が船縁に駆け寄る。エスタドの沿岸とは反対側の孤島の影に、帆が見える。
「ソーキンズ!」
上ずった声を上げるジョンに望遠鏡を投げると、ソーキンズは身軽に船尾楼甲板に駆け上がった。
「回頭だ! 浅瀬へ逃げるぞ!」
ホッジも巨体に似合わず素早い動きで舵輪に飛びつく。ジョンが恐る恐る望遠鏡を覗き込むと、帆を一杯に張った船が三隻、連なってこちらへ向かう姿が見える。
「ソーキンズ、三隻だぞ……。三隻も……!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
ソーキンズはぴしゃりと言い放つと、矢継ぎ早に命令を下し始めた。
「帆を畳め! 軽い方だ! バード! 大砲準備!」
大砲と聞いた瞬間、ジョンは総毛立った。そして、おろおろとしたままなす術もなく迫り来る船を凝視する。船に乗るのが初めてのジョンは、自分の無力さに歯噛みした。砲手長のバードが大声で砲門を開けるよう怒鳴り、火縄が次々と手渡される。
「ホッジ! 海軍野郎どもに戦列を組むよう伝えろ」
「アイ、キャップ!」
旗を持った水夫が船尾に駆け寄る。ジョンが何か言おうとした瞬間、ゴールデン・ラム号がぐいと横揺れすると信じられない速さで帆走を始めた。
「サー・ロバート!」
あちこち走り回る水夫に邪魔者扱いされていたモーティマーをソーキンズが呼びつける。
「大主教を船倉に押し込め。それから、転げて怪我でもしねぇように柱にくくっとけッ」
「大主教を?」
そんな無礼なことはできない、と言いたげなモーティマーを遮って怒鳴りつける。
「無傷でアングルに連れていきたいなら、つべこべ言わずにさっさと行けッ!」
そして背を向けようとして、再び向き直る。
「それと、船酔いのおっさんもだ!」
レスターのことだ。モーティマーは頷くと踵を返した。
「フィル!」
ホッジの叫び声にソーキンズが振り返ると、〈所属不明船〉はさっきよりもぐっと近づいていた。彼らは先頭の軍艦にムンディが乗っていると判断したのか、ゴールデン・ラム号には目もくれない。
「……海賊?」
ジョンが譫言のように呟くが、ソーキンズは舌打ちする。
「あんな綺麗な海賊船があってたまるかッ。艤装を変えちゃいるが、確認するまでもねぇ。エスタド海軍だ」
まさか本当に襲ってくるとは。ガルシアは本気でムンディを葬り去ろうとしている。ヴァイス・クロイツ教を排除してでも世界征服を目論んでいる。ジョンはごくりと唾を飲み込んだ。
「近ぇぞ、フィル……!」
エスタド船の動きを目で追いながら、ホッジがわずかに狼狽した声を上げる。ソーキンズは併走しているはずの軍艦に目を走らせた。ゆっくりとした動きで回頭し、こちらへ近づいてくる。海賊は口を歪めると船縁を叩く。
「とろいッ!」
「しょうがねぇよ、結局は海軍野郎だ」
ホッジの言い分に、ソーキンズは苦々しげに頷く。
「どうする。海軍野郎に任せて、この海域を脱出するか。大主教を乗せたこの船さえ無事なら……」
「いや。一隻たりとも沈めちゃならねぇ」
その言葉にジョンがはっとして振り返る。
「一隻でもやられてみろ。アングルは島国のくせにまともな海戦もできねぇと見くびられる」
ホッジは、やれやれと肩をすくめる。
「律儀な奴だな、おめぇも」
「まぁな」
「ソーキンズ……」
ジョンの呼びかけにソーキンズは不敵な笑みを浮かべて振り向いた。アングルの面子を潰したくない、という心意気にジョンは意外そうな表情で見つめてくる。
「言っただろ、海のことは俺に任せろッ」
そして、彼は踵を返すとホッジに短く命令を下した。
「やるぞ」
「アイアイ」
ホッジが舵輪を回すと、ゴールデン・ラム号は大きく横に倒れこむようにして進路を変えた。ジョンが投げ出されないよう手近のロープに必死で掴まる。
「砲手! 打ち方用意!」
「打ち方用意!」
船縁に据え付けられた大砲に火縄を持った砲手がかじりつく。エスタド船が見る見るうちに迫ってくる。その時、エスタド船の船体からぱっと煙が上がったかと思うと、ゴールデン・ラム号すれすれの海上に轟音と共に水煙が上がる。
(撃ってきた!)
ジョンは思わずその場にしゃがみこんだ。
「フィル! 射程距離だぜ!」
「まだだ……! もっと引き付けろ!」
ジョンが恐る恐る船縁から顔を覗かせる。エスタド船はすぐそこまで迫っており、罵声を張り上げる水夫たち一人一人の顔までもが見分けられた。その時、ようやくソーキンズが大声を張り上げる。
「てぇッ!」
腹に響く轟音が轟き、一瞬遅れてエスタド船の船体を突き破る音が耳を裂いた。が、さらに大きな轟音が響くと、ゴールデン・ラム号の船縁の一部が吹き飛ばされる。それでもソーキンズの表情は変わらない。
「もう一発お見舞いしろッ!」
次々と轟音が響き、一発がエスタド船のマストを粉砕した。巨大なマストがゆっくりと甲板に倒れ、煙で覆われる。やがて、メキメキと音を立てる恐ろしい音が響き渡る。ジョンはわずかに煙が晴れた場所から、エスタド船が沈んでいくのを目撃した。
「面舵いっぱい!」
沈没する船が渦を発生させ、その勢いにゴールデン・ラム号が巻き込まれないよう、ソーキンズが素早く指示を下す。その時、一際大きな轟音と共に船に大きな衝撃が襲った。もう一隻のエスタド船がすぐ近くまで迫っている。再び轟音が響き、甲板が混乱に陥る。
「くそッ!」
「フィル! バードが……!」
ホッジが悲痛な叫び声を上げ、ソーキンズは鋭く振り返った。砲手長のバードが甲板で大の字に倒れこんでいる。その腕は吹き飛ばされ、すでに息はないようだった。ソーキンズは目を眇めると悔しげに舌打ちする。
「畜生……!」
その時、遠くから大砲の轟音が響くと、エスタド船から煙と火の手が上がる。どうやら、アングル海軍の船が反対側から砲撃したらしい。エスタド船の甲板から罵声が聞こえてくる。
「フィル!」
ホッジが指差す方向を見ると、残った二隻のエスタド船が回頭を始めていた。
「どうする」
「行かせてやれ。ここまでやりゃあ上等だ。アングルまで突っ走るぞッ」
砲撃による分厚い煙幕を突き破り、ゴールデン・ラム号はその海域を脱するべく、全速力で帆走を始めた。アングル海軍の軍艦もすぐにソーキンズの意図を察し、後に続く。
「おい、若造」
ソーキンズは船縁にしがみついていたジョンの尻を蹴り上げた。
「終わったぜ。後はアングルまで帰るだけだ」
「お……、終わった、だと……?」
ジョンは、砲撃でめちゃくちゃに破壊された甲板を見渡し、震える声で呟いた。
「こんなに……、損害を受けるとは……」
「ふん。どんくさい海軍が足を引っ張りさえしなけりゃ、もっと上手くやれたんだ。だが、大事なのは大主教をアングルへ連れてゆくことだ。違うか?」
大主教。その言葉を耳にした瞬間、ジョンはがばっと体を起こした。
「モーティマー……! モーティマー! 大主教はッ?」
船尾楼甲板にうずくまっていた秘書官がふらつきながら立ち上がり、船倉へと続く階段を駆け下りる。しばらくすると、ハッチからモーティマーが頭を出し、「ご無事です!」と叫ぶ。ジョンはまだ興奮冷めやらぬ様子で立ち上がるとソーキンズを見上げた。
「……ありがとう、ソーキンズ。そなたのおかげだ」
「この代償は高くつくぜ」
「え?」
ソーキンズはさすがに疲れが見える表情で煙が晴れた海上を見つめた。
「海賊を装っちゃいたが、エスタドの軍艦を一隻沈めたんだ。ガルシアは挑戦だと受け取るだろうな」
ジョンは息を呑んだ。だが、ソーキンズは疲れた笑みを浮かべると続けた。
「いいんじゃねぇのか? 田舎娘が女王になったと見くびられるよりは。後は、あんたらの手腕次第さ」
「……すまない、ソーキンズ」
ジョンは申し訳なさそうに呟いた。
「そなたの部下も犠牲になった」
「……それは、どうしようもねぇことだ」
ソーキンズは溜息をつくと、踵を返して命令を下し始めた。